【白井市】あの見ざる・聞かざる・言わざるが刻まれた市内でもっとも古くて大きな「谷田の三猿庚申塔」は350年以上の歴史ある庚申塔
白井市谷田(やた)の神々廻・船尾街道を通った時に、突如道路沿いに現れたずらりと並んだ沢山の庚申塔。
周囲が畑なので、とても目立ちます。
ちょっと近くで見てみることにしました。
とても数が多いので写真には納まりきれませんでしたが、数えたところ全部で25基ありました。
足元に説明書きがありました。
谷田の三猿庚申塔:寛文10年(1670年)に造立されたこの庚申塔は笠付角柱型で、下部には三猿を彫刻する、総高191cmと大型の三猿庚申塔です。(中略)庚申信仰とは60日に一度の庚申の夜に眠ると体内の三尸(さんし)という虫が抜け出し天帝に罪を告げに行くので、その夜は寝ずに夜明けを待つという、主に男性が信仰するものです。市内には数多くの庚申塔がありますが、谷田の三猿庚申塔は市内の庚申塔の中でも最古かつ最大のものであり、また、民間信仰に基づく石造物の中でも市内最古級のもので、市内の信仰の歴史を理解する上で重要なものです。
一般的に庚申塔は、庚申講を3年18回続けた記念に造立することが多かったと言われていますので、これらもその記念として造立されたものなのでしょうか。
25基のうち、三猿が彫刻されているものはいくつかありましたが、この中央にあるものが、前出の市内の庚申塔の中でも最古かつ最大のものであるようです。
確かに笠付の角柱型ですね。
右からになりますが、見ざる聞かざる言わざるの三猿が彫刻されています。
文字がほとんど読めませんでしたが、正面に奉納者の名前が陰刻されているようです。
こちらの右側面には、「下総國印旛郡印西庄谷田村」の銘文が陰刻されています。
左側面には、こちらもほとんど読めませんでしたが、「干時寛文十庚戌天霜月吉日施主敬白」という銘文が刻まれているようです。
1670年に造立されたということは、今年2024年で354年ということになりますね。
そんな350年以上も前の庚申塔が今も残っているのは大変貴重ですね。
お近くに行かれた際は、「谷田の三猿庚申塔」に寄って、350年の歴史を感じてみてください。
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